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[C1] お邪魔します

突然のコメント、失礼します。

私も大槌に医療支援チームのメンバーとして行ってきました。(管理栄養士です)

帰ってから色々思い出してはいるものの、気持ちの中で整理がつけられないでいます。

こうやって文字にされている方がいらっしゃると、非常に心強いです。
ありがとうございます。

[C2] JKTSさんのブログからこちらへ伺いました

都内在住ですが、妻の妹家族が仙台、私の姉家族が会津若松ですので被災地の生の状況には少し触れることができました。

風化・他人事、社会は悔しいかなそんな危険な状況になってきているように感じ、危惧しています。

くらげさんの言葉
「目の前にいる人に優しくしてください。
その人は見えない悲しみを抱いているかもしれない。
それに何より、明日もその人の笑顔が見られるとは限らないのだから。」
私がこの言葉を日々忘れずにこの先ずっと生きていければ、せめて後悔の涙を流さずにすむかもしれない。っして、明日はわが身、あるいは静岡の親友に災害が降りかかるかもしれない・・・だらしなく、醜く生きることなく日々を過ごすために、大切な言葉をいただいたと思います。

ありがとう。病躯ゆえ被災地ボランティアにも行けない自分が歯がゆいです・・・くらげさん、現地ではお辛かったことと思います。本当に頭が下がる思いです。ブログアップも感謝しています。お体とお気持ち、ご自愛ください。
  • 2011-08-05 04:37
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災害派遣活動報告 ~番外編~

本編がこの下から始まっています。
そちらを先にお読みいただけると良いと思います。



読んで下さった方から、希望の持てることも書いてほしいとのご意見をいただきました。
私も書き残しを感じていたので、書くことにします。


希望といえば「復興」じゃないでしょうか。

当時、上下水道は寸断。
手を洗うのもポリタンクに入った水で。
お手洗いを流すのもごく僅かな水で。
ほとんどくみ取りのようなお手洗いでした。
電気はついてました。
でもそれが発電所からの送電だったのか発電機からだったのかはわかりません。
いずれにしても節電されていました。
ガスはわからないです。

ともかくライフラインが復旧しないことには不便な生活が続くと思います。

でもお手洗いに対する抵抗はすぐなくなりました。
いつ行っても、必ず誰かが掃除をしていたからです。
ただ、やはりご高齢の方や子供はその段差と和式が大変そうでした。
仮設住宅などで洋式に座れるようになると楽になるのでしょう。


子供といえば、子供の姿がよく目につきました。
本編でもお話ししたように、チームとして震災孤児に関わることもありました。

今回は番外編なので、見かけた子供達の様子を書きます。
一番初めに目についたのは、避難所で自衛隊員さんに元気に挨拶をする子供の姿でした。
子供達は感受性豊かです。
何が起こっているのか、きちんと理解できていなくても感じ取ることが出来ます。
そんな子供達が自衛隊員さんに挨拶していることが嬉しく感じました。
自衛隊員さんが自分たちのために何をしてくれているのかを感じ取っているのだと思ったからです。
良い子に育てよ。

ある日避難所で、太鼓の音が聞こえてきました。
陸前高田では七夕に太鼓を叩くそうなんですね。その練習でした。
練習を知らせる放送がかかると、子供達は走って向かっていっていました。
元気な太鼓の音が夕方まで聞こえていました。
帰ってきてから報道で見たのですが、復興イベントにも太鼓が披露されたようですね。
胸を熱くするような太鼓の音で、復興をもり立ててほしいと思います。


ベースである高田第一中学校のそばに、コンビニエンスストアができました。
温かいものも出せるようになっていて、野菜なんかも置いてあったりしました。

お金を持ち出せた人とそうでない人との差がここで問題となってくるわけですが…。
そのあたりは今後の政策に期待するしかありません。
誰がやろうがいつ辞めようがどうでもいいですが、被災された方が一人でも多く安心して暮らせるような対策をさっさとしてほしいものです。
私たちはもっと政治に興味を持つ必要がありますね。本質的な意味で。

話が脱線してしまいました。

最後に、なぜ私が派遣されるに至ったかもお話ししようと思います。
初めは本当になぜ私が選ばれたのかわかりませんでした。
でもボスと話す機会があり、こんなことを言われました。
『ある程度受け流せて、忘れられる人でないと辛くなる。
君は大丈夫だろう。そういう心の健全さを持ってるから。根性もあるし。』
ということでした。

たぶんボスの言葉から察するに、我々の精神衛生ありきであるってことが一番大事なんだろうと思います。
まぁ当たり前といえば当たり前で、医療者が被災地に行って倒れたり凹んだりしてる場合じゃないですから。
自分が健康でないと人の健康に関わるのは困難です。

逆にいえば、そこは自分でケアするように。ということでもあったのでしょう。


心の健全さを保つという意味において、私を強く助けてくれた言葉を紹介して番外編を終わろうと思います。
春日武彦先生という精神科医の書いた新聞記事です。


「この鬱々と重苦しい毎日を、いきなり晴れ渡った気分で満たす方策はない。だが、うな垂れる必要もない。被災地から隔たった場所に住む人間は、誠実さや活力が他人へ伝搬し得るという事実を思い出そう。
 
 他人を思いやることと、過剰な自主規制や自粛とは直結しない。被害を受けずに済んだ者が何かを楽しんでも、それが「不謹慎」ということになってしまえば心は萎縮しかねない。他人の顔色を窺うような態度は、誰も救えない。

被災者の存在を胸の内に置きつつ、背筋を伸ばして日常を営んでいくことが大切だろう。」
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くらげさんの言葉
「目の前にいる人に優しくしてください。
その人は見えない悲しみを抱いているかもしれない。
それに何より、明日もその人の笑顔が見られるとは限らないのだから。」
私がこの言葉を日々忘れずにこの先ずっと生きていければ、せめて後悔の涙を流さずにすむかもしれない。っして、明日はわが身、あるいは静岡の親友に災害が降りかかるかもしれない・・・だらしなく、醜く生きることなく日々を過ごすために、大切な言葉をいただいたと思います。

ありがとう。病躯ゆえ被災地ボランティアにも行けない自分が歯がゆいです・・・くらげさん、現地ではお辛かったことと思います。本当に頭が下がる思いです。ブログアップも感謝しています。お体とお気持ち、ご自愛ください。
  • 2011-08-05 04:37
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